背筋伸ばして3キロ先を見て歩く。
ちょっと寂しくないと、悲しくないと、よいものが作れない。この感覚は割と昔からある。
満たされたいと思う気持ちが、そのパワーがないと肩透かしになる。
今はどうだろう。健康で文化的な生活は送れているだろうか。それって本当に健康で文化的なんだろうか。
何を以って健康で、どうしていけば文化的なんだろう。
最近槇原敬之のどんなときもを聞いて、ひどく心動かされた。こんな風に自分の気持ちの全てを表現できたら幸せだろうな。しかもそのきもちを多くの人がわかってくれるなんて。
ゆっくり色々と考える時間が欲しい。
大好きな夏に手を掴まれながらも、ほんのちょっと追いかけきれない秋が、私を困らせる。